東京高等裁判所 昭和61年(う)1149号 判決
刑訴法382条の2第1項によれば,第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかった証拠により証明することのできる事実の援用が許される場合もないではない。しかしながら,その場合には,新たな証拠により証明できる事実が「明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるもの」であること,その証拠が「やむを得ない事由により第一審の弁論終結前に取調べを請求することができなかった」ことをそれぞれ疎明しなければならない(同条の2第3項)ところ,本件の場合,原審においてこれらの証拠の取調べを請求することができなかった事情が存したか否かについて考えると,所論も認めているとおり,被告人らが捜査段階では勿論,原審においても原審弁護人とともに各公訴事実(原判決の認定した各事実)を総て認めて争わず,しかもその事実をもとに被告各会社の本件各事業年度における法人税について修正申告をし,その本税及び付帯税も総て納付しているのであって,被告人瀬川は当審において所論に副う供述をしているが,同被告人が調査や捜査の段階において国税当局の調査どおりのほ脱額を認めれば,刑事罰についても寛大処分がなされる旨調査官や捜査官らから示唆されたとの点は原審記録を検討してもこれを認めることはできず,特に,被告人自身国税当局の調査どおりのほ脱額を認めて量刑上有利に斟酌してもらい執行猶予付の懲役刑に処させられた方が得策であると考えたため原審において事実を争わなかったとの点については,所論によれば,被告人らの真実のほ脱額は合計2億8892万円というのであるが,その2倍にも近く,約2億6915万円も過大な公訴にかかる高額なほ脱額5億5807万円余(原判決認定のほ脱額でもある。)を,被告人らが原審においてそのまま認容しながら,量刑上有利に斟酌してもらい執行猶予付懲役刑に処せされることを望んだとすること自体不自然不合理で整合性がない主張であるだけでなく,仮に右所論のような事情が存したとしても,それはいずれも被告人らの主観的事情に過ぎず,そのような事情は前記条項にいう「やむを得ない事由」には当たらないものというべく,しかも,当審において取調べを請求する予定の各証拠は,いずれも原審で取調請求をすることを妨げる何らの障害はなく,これを請求することができたことは明らかである。そうすると,当審で取調べ予定の各証拠につき,刑訴法382条の2第3項後段所定のやむを得ない事由によってその証拠の取調べを請求することができなかったことについて,その疎明を欠くものといわざるを得ない。しかも後記のとおり,原判決の認定事実は優に肯認でき,弁護人らが当審において事実の取調べを請求するところは,内容的に見ても,いずれも事実取調べをする必要のないものと認められるのである。…後略…
判示事項2
所論は,被告各会社の売上金を算出するに当たり,原判決の採用した推計方法には合理性がない旨主張する。
しかしながら,原審で取調べた関係各証拠によれば,右被告各会社の経営する特殊浴場において,顧客に対しサービスを提供する際,大量の水を使用するが,そのサービスの内容が一律化してしたので,顧客1名に対する水の使用量がほぼ一定しており,それ以外の水の使用量は極少量であること,被告各会社の経理事務を担当していた埜邑は,昭和56年9月から同57年1月までの間における各店舗毎の実際売上金額をメモしていたこと,被告会社仙台中央観光の経営している「トルコ秘苑」の店長をしていた渡邉も,昭和56年3月から同年11月までの間における同店の実際売上金額をメモしていたこと,そこで,国税当局は,前記被告各会社の売上金額を認定するに当たり,右各メモの存する分については,そのメモに基づいて売上金額を算出し,その余の分については,まず,右メモの存する各月分について水道使用量1立方メートル当たりの売上金額を算出し,そのうちの最も少ない売上金額に各月の水道使用量を乗じて右被告各会社の売上金額を算出認定したこと,被告人瀬川をはじめ,本件各店舗の営業に係わりをもった関係者全員が,その営業状態からみて水道の使用量から売上金額を推計することに合理性があって,その推計された売上金額が実際の売上金額を下回ることがあっても,上回ることはない旨述べていることが認められるのであって,右のような諸事情からすると,原判決の採用した推計方法には十分合理性があるものというべきであり,そして,それを基礎にして売上金額を算出認定した原判決に事実の誤認はない。